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「《法話》犀」

 涅槃図には様々な動物が描かれています。ゾウは鼻が長いので分かりやすいですね。トラやヒョウも身体のしま模様やヒョウ独特の模様があるのでこれまた分かりやすいです。しかし頭に角が生え、背には亀のような甲羅をまとった動物も描かれています。これが、昔の人が想像したサイなのです。サイの角は昔から解熱剤などで使用されていたので、この動物の存在は知られていたのでしょう。
 『スッタニパータ』に「犀の角のようにただ独り歩め」と、お釈迦様の教えが説かれています。お釈迦様は、弟子たちが諸国を旅してみ仏の教えを広めようとするとき、決して二人以上で行かせませんでした。「犀の角のようにただ独り歩め」と送り出したのです。送り出された弟子たちの中には、たいそう心細かった者もいたことでしょう。見知らぬ土地、見知らぬ人々の中にたった独りで赴くのです。精舎での修行仲間はいません。寂しさが身にしみたはずです。
 しかし、思えば、私たちは皆、独りでこの世に生れ来て、独りで去っていかねばなりません。私たちの人生の局面において、孤独で寂しいとの思いに駆られることもあるのです。とりわけ、肉親や本当に親しかった人との別れを経験し、寂しさが極まったときに、「悲しいのは私だけではなかった、あの人もこの人も悲しい思いをされたのだ」と、本当の意味での思いやりの心が生じて来ます。私も住職として多くの人のお弔いをさせていただいてきましたが、自分の親を送ってからは、家族を亡くされた方々の悲しみに、心が大きく共鳴するようになりました。
 お釈迦様がお示し下さった「犀の角のようにただ独り歩め」とは、慈悲の心にめざめよ、とのお導きではなかったのか、と、今、私は思うのです。

豊岳 慈明(岡山・豊昌寺住職)