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「〔法話〕ナマステ」

 昭和五十三年十二月、当時の管長猊下山田無文老大師を推戴申し上げ、インド日本寺創建五周年記念国際成道会法要の使節団の一員として随行した時を想い出す。一生に一度はインド仏跡参拝を、と夢にまでみていたので、その願いが実現されたことは私にとって無上のよろこびであった。短いインドへの旅ではあったが足をはこぶ処、感激の涙を流すこと屡(しばしば)であった。その旅で覚えて帰って来たのが“ナマステ”という言葉だった。何やらの一つ覚え、と世間ではよく言うがまさにその通りで、ナマステで旅行中通したのである。
 英語で話をすることも出来ない、インドの言葉でインド人と会話することの出来ない私は行き交う人々にナマステ、土産物を売りにくる子供にもナマステ、背に子供を負い、両方にヨチヨチ歩きする母と子に逢えばナマステ、お髭の老人に逢えばこれまた、ナマステ、店へ立ち寄ればナマステ、こんな具合に、朝、昼、晩の区別なくナマステ。日本では朝であれば、「おはようございます」昼あえば「今日は」夜は「こん晩は」時には「ありがとう」「すみません」。と挨拶するのであるが、インドではすべてをナマステで済してしまった。
 さてそのナマステとはどんな言葉であろうか、その言葉にはどう意味があるのであろうか。これはサンスクリット(梵語)でナマス、ナマセ。インドの言葉ナマスを発音に近い漢字で当て字をすると南無であるのである。専門の言葉で音訳、又は音写ともいうが…。私達はみ仏に向えばきまって南無と口にする。南無釈迦牟尼仏、ナムアミダブツ、南無観世音菩薩……等々み仏のお名前を呼ぶ時必ず南無と口にし、手を合せて頭を軽く、時に深々とさげるのである。その南無がナマステという言葉である。
 ではどんな意味が含まれているのであろうか。この言葉には随分多くが含まれているのである。先ず「信ずる」。という意味がある。又願う、誓う、任せる等々である。従って南無阿弥陀仏と唱うれば、阿弥陀如来に私の身も心もすべてをお任せします、いかようになさっても結構でございます、ということになるのである。しかしここでもっとも大事なことは無条件でなくてはならぬのである。なかなか容易なことでは無条件で仏に対することが出来ない、任せた以上はとやかくいうことはできないのである。即ち条件付きの南無では本当の南無ではないということである。南無の根底には信があるこの信は金剛信であって風が吹けば軽やかに飛び去るような信ではないのである。心そこから信が確立されていなければ任せることなど出来るはずがないのである。
 信ずる、願う、任せる、誓う、等々沢山ある意味を言葉で表現すると南無となり、その時私達は必ず手を合わせている、これが無意識であっても不思議な事に合掌しているのである。
 随分前のことだがインドのネール首相が訪日された時のことを想い出すのであるが、首相が飛行場に到着されタラップを降りてこられた時、真先きにされた所作は合掌だった。出迎えの日本の政府関係者は手を差し出しアクシュをしようとした。その時の模様が大きくテレビ画面に映し出されたので気がついた人も多かったと思うが、私の脳裏には首相は合掌され、日本関係者はアクシュ、あの一時のチグハグの光景が今尚はっきりとこびりついている。
 極く最近ある国の首相が来日された。大切なお客様ということでこれまた多勢の関係者が飛行場までお出迎えに出られた。タラップを降りてやはり最初になされたのは合掌だった。こんども日本関係者の代表者が右手を差しのべてアクシュをしようとした。ネール首相の時と同じように軽く頭を下げ、静かな笑顔で両手をしっかり合せられて挨拶された。それからアクシュ。ここでも一コマのずれがあるから当然ながら見ている私達にも不調和の姿が目に映ったのである。某国の首相も仏教国の首相であった。
 この二人の首相は声に出して南無とは申されなかった。ある古人の教示を思い出すのであるが、「南無とは頭を下げることだ」と。合掌して頭を下げるという事は口には出さなくても南無の心の現われであるのである。
 合掌した静かな眼差し、至極自然の容姿から、その奥にある心の中で南無を唱えておられたであろうことは私にも容易に受け取ることができたのである。なんとすばらしい姿であろう、尊い姿であろうか。私の胸に大きな波長となって伝わってきたのである。ややもすると忘れ勝ちになる私の心を呼び起してくれたような気持ちになったのである。又同時にとても淋しいものを感じたのは私一人ではなかっただろうと思うのである。
 日本人は手を合わせ、ナマステ(南無)を口にすることを忘れ、ナマステ(南無)の心を失ってしまっている。何故だろうか。物質文明による豊かさを求め、ひた走り続けて来た故ではなかろうか。そして今やその目ざす豊かさを手中に入れ、それを謳歌しているのである。謳歌するのも結構かも知れぬが、今度はその大波、小波の中で、自己を忘れ、人生にとって真の幸は何であるのかも見失ってしまったのである。
 日本は、「物で栄えて心で亡ぶ」、と口々につぶやきながら、その人々のつぶやきが現実化されようとしているのである。これではいかん、なんとかしなきゃ、最近はよく「二十一世紀は心の時代」という言葉を耳にするようになって来たのである。
 中国の教えに「小住為佳」というのがある。一息しましょうよ、ということのようだが、今こそ一息して私達は足元を直視しなければならぬ時と思う。
 二月は釈尊の涅槃の月、北頭西面されている涅槃の図を拝し、ナマステの心を今一度しみじみ味わいたいものである。ナマステの心ですべて事足れることを自覚したいものである。

羽賀 文圭(岐阜・蓮華寺先住職)