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独坐大雄峰(どくざだいゆうほう)
臨黄ネット栞「と」 独坐大雄峰(どくざだいゆうほう)

 ある時、一人の僧が百丈の懐海禅師に尋ねて言うのには、「如何なるか是れ奇特の事―この世で一番有り難いものは何ですか。一番貴いものは何ですか」どんな宗教でも、まず一番有り難いものは神であり、仏と言うであろう。あるいは法と言うであろう。禅宗ではいったい何が有り難いのか、と。うっかり百
丈が仏だの法だのと答えるならば、ただではすまさんという所存だ。・・・(中略)・・・そこで百丈が答えるのに、「独坐大雄峰―俺が今現に生きてここに坐っておることが一番有り難いわい」何と爽快な一句ではないか。これしかないであろう。めいめいが生きて、そこに坐っておるという事実以上の有り難いものはない。金が有り難いか、屋敷が有り難いか、身分が有り難いか。生きておるから金がいるのだ、生きておるから屋敷がいるのだ、生きておるから出世も悪くないのだ。一番大事なのは、今ここに生きておるということだ。言うならば、釈迦も達磨も、俺が生きておるから苦労されたのだ。俺が生きておるから太陽が照っておるのだ。俺が生きておるから空気があるのだ。丈云く、独坐大雄峰。俺が今現に生きてここに坐っておることが一番有り難い、と。

《原典・碧巌録/引用・山田無文著『無文全集』第二巻「碧巌録」(禅文化研究所)より》

写真 京都/建仁寺・方丈庭園

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