平原秋樹色 沙麓暮鐘声

禅 語

更新日 2006/11/01
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平原秋樹色 沙麓暮鐘声
(山谷詩集)
へいげんしょうじゅのいろ
さろくぼしょうのこえ

『床の間の禅語 正』
(河野太通著・1984.7.禅文化研究所刊)より

 見晴らしのいい平原に立つと、木々は紅葉し、あたりは秋色にあふれている。むこうの畑のあたりに野焼きの煙が立ち上がっている夕暮れ、どこからともなく静に響いてくる遠寺の鐘の音色。賎かな秋の景色に託して、寂然とした心境をうたっています。
 春は万物が萌え、湧きでる、はなやかな若々しい季節です。草花や樹木は、芽を出して、青々とした葉を茂らせます。しかし、その生命力にあふれた姿も、秋になると葉を紅葉させ、果てははらはらと地面に落としていきます。
 春、爛漫と咲き誇る花は、もちろん見事ですが、秋の紅葉黄葉の風情には、また春の花とは異なった美しさがあります。落ち着いた素朴なはなやぎとでもいいましょうか。そこへ、お寺の鐘の音が聞こえてくる。単調で素朴な響きに耳を傾ける。にぎやかな音響とは異なった単調な繰りかえしに、心の奥底を洗われるようです。
 私たちの日常も、単調な繰りかえしです。朝起きて、顔を洗って、御飯をいただいて、仕事に出かける。その平凡な暮らしの中に落ちつきがある。平凡、単調なよさが分からなければ、人生はまことにつまらないものになってしまいます。