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自己を見つめ直す 書き下ろし
東京都・永明院副住職 福田 徳典 
 私が、修行中の出来事です。数週間ぶりの弁事(私用の外出)で、あっという間の至福の時間を過ごした帰り道、前方から歩いてくる一人の女性が目に映りました。歳は六十代後半から七十代でしょうか。何か懐かしい感じの漂う「お婆ちゃん」といった感じでした。
 私は特に気にすることもなく歩き続け、傍まで行った所で、そのご婦人は私の方に視線を向けると鞄の中から何かを手にし、それを渡そうとしている様に映りました。どこかで逢った覚えもなかったのでそのまま横を通り過ぎようとした時、そのご婦人は私に向かって手を合わせ、頭を深々と下げたのです。私はあまりにも突然で、しかも見知らぬ方から手を合わせ、頭を下げられることなど無かったので、動揺しながらも立ち止まり、私も手を合わせ、頭を下げました。するとそのご婦人は、「これ、少しですけど。」と言ってお札を小さく折りたたんだものを、私に渡してこられたのです。その時は、今までの自分自身を振り返ってみて思い当たる「手を合わせ、頭を下げる」という行為自体、お墓参りの時や食事の前後位しかありませんでした。それも何かに対してしていた行為が、その逆で「手を合わせられ、頭を下げられる」という事に正直、驚きを隠せませんでした。今は、托鉢をしているわけでもなく、読経やお参りに行った訳でもありません。衣を身に付けていますが、弁事で外出しているだけ。と思うと、そのご婦人の差し出したものを素直に受け取ることができませんでした。有り難いと思う気持ちと、頭など下げていただく様な人間ではないと思う気持ちとが入り交じり、とても申し訳ないと思ったからです。
 今思うとそれは、ご婦人の気持ちを無駄にしてしまったのか、受け取るべきだったのか。しかし、その時私はご婦人の「ありのままの姿と真実の自己」に気付かせていただき、それを頂くことができたと思っています。そして、その頂いたものを忘れずに持ち続け、あのご婦人だけでなく、他の誰かに返すことができれば、あの時のご婦人もきっと喜んで頂けると信じています。
 臨済宗の開祖、臨済義玄の語に、

(りょう)()像に(たい)し、(みょう)(おう)()(ほう)なり

とあります。
 「手を合わせ、頭を下げる」姿が、真実の自己の姿を見つめ直す鏡になることもあるのではないでしょうか。今でもそっと「手を合わせ、頭を下げる」あのご婦人の姿を、ふと思い出すことがあります。

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