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墓参り 書き下ろし
神奈川県・能満寺住職 松本 隆行 
 最近はやっている歌に「墓に私はいないので悲しまないで欲しい。」と言う内容
の歌詞を見ました。確かに墓には遺骨があるのであって、そこに敬慕の念がなけ
ればただのモニュメントに過ぎないと思われてしまうのかもしれません。
 まず供養というものは「如在である」と言われます。在りますがごとくと言う
ことは、その方が生きていたときと同じように接すると言うことです。一緒にご
飯を食べたり、お茶を飲んだり、話しかけたりします。時には食べたいものを
買ってあげたり子供の成長した姿を見せたりします。その人の病痛を思いやった
り悲しみをともにしたりするのも供養です。そうやって思いっきり悲しむことに
よって残された私たちも立ち直ることが出来るのです。
 また如在であると言うならば私たちの生活で寝る場所も毎日変えて、ふらふらしていては体も心も疲れ果ててしまいます。毎日が緊張と不安の連続です。そんな思いを死んでからもすると思ったらとても不安でおちおち死んでもいられません。 亡くなった人は墓にいて、お参りに来てくれる人を待っていてくれる。そして遠くから見守ってくれていると信じて今日もお墓に向かってお経を唱えました。
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