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わが身に引きくらべて 書き下ろし
広島県・善福寺住職 山崎 彰慶 
 もう四十年ほど昔のこと。小学校に入学したての私は、ひとり道端で遊んでいた。そこへ近所のおじさんが通りかかった。よく見知った人だったので、ちょうど作り上げた粘土細工の拳銃を彼に向け、「手をあげろ。動くと撃つぞ!」と得意げに叫んだ。
 普段はにこにこ顔の温厚な彼の表情が途端に鬼の顔になった。そして、物も言わずに私から拳銃を取り上げると「こいつめ!こいつめ!」と憎しみをこめて、瞬く間に元の固まりに戻してしまった。
 彼のあまりの変わりように驚いた私は「わっ」と泣き出した。彼は泣き声に我に返り、私の頭を撫でながら一心に詫びた。そして「頼むから、もうこんなもんは作らんといてくれ」と懇願した。彼が戦争中、兵士として南方に行き、大変な苦労をされたらしいという話は随分後になってから聞いた。
 お釈迦様の言葉に、

「かれらもわたくしと同様である」と思って、わが身に引きくらべて、(生きものを)殺してはならぬ。また、他人をして殺させてはならぬ。

とある。(『ブッダのことば』中村 元 訳 岩波文庫)
 「わが身に引きくらべて」とは、他人を思い遣(や)ることである。他人の心の中へ自分の思いを遣(つか)わす。自分がその人に成り代わったかのように、その人の感情を体験する。当然、他人への心配り、豊かな想像力が要求される。
 戦争という極限状況で、彼が体験したことは想像を絶することだろう。だが、子供の無邪気な遊びさえ許すことが出来なかった彼の心に、今になって頭が下がる思いがする。
 すべてを忘れ去って、自分を誤魔化すことを潔しとしなかった人。何事も「わが身に引きくらべて」生きることは苦痛の多い人生かもしれないが、彼の仏のような笑顔はその覚悟の結果であったと思う。

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