法 話

山笑う
書き下ろし

岡山県 ・仏土寺副住職  馬場道隆

 新緑が日に映えて、風は爽やかに感じられる季節になってきました。


故郷や どちらを見ても 山笑う

 明治時代の俳人・正岡子規の詠んだ俳句です。郷里である愛媛を長らく離れていた子規が久々の帰郷で目にする懐かしい野山の景色と、その景色を見て歓喜する子規の心とがひとつになって詠まれたものではなかろうかと思います。
 私は中学校入学と同時に親元を離れて小僧寺へ入門いたしました。その小僧寺では「薮入り」といって、年一回・一週間だけ実家へ帰ることが特別に許されることがありました。厳しい上下関係や規則正しく自由時間のない生活から、たった一週間という短い間ではありましたが、当時の私は小僧寺での毎日の緊張感から解放されるその休みが大変嬉しく、実家へと向かう電車の車窓に流れる郷里へと続く景色や、小学校時代は何とも思わなかった実家の周辺の景色が、私を本当に温かく迎えてくれているように感じられました。それはまさに「山笑う」の心境だったように、二十年以上の時を経た今でも懐かしく思い出されます。
 お釈迦様は菩提樹の下でお悟りを開いた時、「草木国土悉皆成仏(そうもくこくどしっかいじょうぶつ)」とおっしゃられました。それはお釈迦様のまわりにあるすべてのものとお釈迦様自身とが、それぞれに姿や形は違えども、皆同じくして持っているいのちの中でひとつになって生きていることを実感された、歓喜の心から生まれた言葉だったのではないでしょうか。
 現代に生きる私達一人一人も、五月の心地よい自然を味わいながら、出会うものすべてに感謝してひとつになって喜びあえるよう、日々務めてまいりたいものです。