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壊れたこころ 書き下ろし
愛知県・大興寺住職 一色 宏襄 
  この手は何の為に付いているか知ってるかい
  この耳は何の為に付いているか知ってるかい
  いい顔になれよ いい顔になるんだよ

 私は、小さい頃お爺ちゃん子お婆ちゃん子で過ごしました。特にお爺ちゃんには、大変かわいがってもらい、よく一緒に 風呂に入っていました。その時、お爺ちゃんは、いつも、手ぬぐいで私の手を拭いてくれました。拭きながら「この手は何の為に付いているか知ってるかい」と話しかけるのです。「この手はなあー、働く為に付いているのだよ」と言ってふいてくれました。次に耳を拭きながら「この耳はなあー。いろんな事を聞く為についているんだよ。いろんな事を聞いて勉強せいよ」と。そして、顔を拭きながら「いい顔になるんだよ。いい顔になれよ」と言って拭いてくれました。その思い出は、いまでも心の中にはっきりと残っています。当時は、その意味を知ることは出来ませんでした。
 この頃、人と人との関係、こころのバランスが壊れているのではないでしょうか?ある時、「働く」とは、「傍を楽にすること」と、聞きました。
 お爺さんの話が、この頃なるほどと解るようになりました。
 二本の手や足は、「一本は、自分のしあわせの為に使っていいよ。でも、もう一本は、他人のしあわせの為に使いなさい」。
 二つの耳や目は、「一方は、自分のために、もう一方は、他人様の話をよく聞いたり、見たりしてあげなさい。その為にバランスよく左右同じ様に二つついているのだよ」と言う、お爺ちゃんの声が聞こえてきます。
 そして、「いい顔になれよ」というお爺ちゃんの願いは、なかなか難しい課題です。顔は「こころ」の表れといいます。お爺ちゃんの願いである「いい顔作り」は、私の生涯をかけた修行であると思います。その顔の中心には、今生きている「現在のいのち」の象徴である口と鼻。お腹には、「過去のいのち」の象徴であるおへそ。その下には、「未来のいのち」の象徴がついています。
つらら 人のいのちのつながりと尊さが、上から下へと、まっすぐ通っているのです。
 この「いのちのつながりと尊さ」を軸(中心)とし、自と他の係わりの中で、二つのものをバランスよく使っていく為に、左右対称についているのだと思います。共生なくしては生きられない、人間としての正しい生き方を、我々の身体は表わしているのです。
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