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優しい佇まい 書き下ろし
愛媛県・傳宗寺住職 多田  曹渓 
深まる秋 秋も深まり、部屋の中で過ごす時間が多くなりました。そんなある日、日頃無精な私が、たまには部屋を片づけようと本棚を整理していたら、アルバムが目に留まりました。双子の息子が生まれてから家族で撮った写真を綴ったものです。
 みんなで笑った顔、泣きじゃくった顔とたくさんの表情がありました。でも、不思議なことに怒った顔はひとつもありません。全て「優しい顔」ばかりでした。
 「優しい」という語源は「止(や)す」とも言われています。これは停止状態を表す言葉で「安らか」や「休む」と言った意味があるそうです。つまり自分自身の心が止まり、安らかな心になれば他に優しさを向けることができるというのです。
 仏教の基本の考え方はこの「他に優しさを向ける事」を特に大事にしています。その優しい心から生じる行為や態度を「布施」と言い、あまねく与え施すということです。それは何も金銀を他に与えるというばかりではありません。喜びや悲しみを分ち合う細やかな心遣いを他に施すこともそうです。
 室町中期の僧で連歌師でもあった心敬は「心敬僧都庭訓」の中に

  『ふるまひをやさしくして、幽玄に心をとめよ』

 という句を残しています。「佇まい【姿・形】は優しく、情緒豊かに安らかな心を忘れずに」と人の情けを説いているのです。
 当時、心敬の生きた時代は戦乱の世でした。昨日の主君は今日の敵となり、昨日の友は今日の仇となり荒涼たる時代と社会の中で、人の優しさと心の静けさだけは忘れないでほしいという願いと、生き抜く人たちへの救いの一言だったかもしれません。
 現代もまた殺伐とした時代を私たちは生き抜いていかなければなりません。結局、その社会を争いの場にするのも救いの場にするのも私たちの心一つなのです。
 優しい顔が写っているアルバムを眺めていると、私の心も安らかになり優しい気持ちになっていくのが分かります。おそらく私はアルバムの中から優しさという布施を頂いていたのです。そして、その頂いた布施はまずは、身近な人に分け与えていかなければなりません。その優しさは相手の心を温かくし、かたくなな心さえも溶かしてくれるのです。お互いが良い雰囲気に包まれ、いとおしく感じるのです。そして、全てのものがいとおしく思えたとき、豊かな感性と安らかな心が生れてくるのです。
 
 部屋の中で過す時間が多くなった「秋の夜長」の落ち着いた静かなひと時。自分を見つめ直すには最高の季節かもしれませんね。
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