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沙羅双樹に学ぶ 書き下ろし
三重県・桂雲寺住職 小西教邦 


祇園精舎の鐘の音 諸行無常の響あり
沙羅双樹の花の色 盛者必衰の理を表わす
奢れる者は久しからず ただ春の夢の如し

京都には人の世とはと問う花がある
そうだ 京都に行こう

 最後の方は、あるテレビのコマーシャルです。「人の世とは」と問う花なんてすてきですね。
 この沙羅双樹は、仏教に関係の深い花なのです。お釈迦さまがお亡くなりになった時に、北枕のお釈迦様のうしろで咲いていた花なのです。今でも、仏式の葬儀の祭壇に、紙花(四花)としてお飾りしておりますのが沙羅双樹です。
 平安時代の歌人で、僧侶であった西行法師は、

願わくば花のしたにて春死なん
    そのきさらぎのもちづきのころ

 と、歌っています。
 きさらぎは二月です。もちづきは十五日です。すなわち、沙羅双樹のもと、お釈迦さまのなくなった日に死にたいものだと歌っているのです。もちろん、お釈迦さまのように完成された人間として・・・・・・。
 沙羅双樹は、本来は梅雨時に白い花を咲かせます。そして、朝、花を咲かせたら夕にはもう散ってしまう花なのです。「一日花(ひとひばな)」とも言われているのです。
 この花を見て、

咲くほどに娘は嫁と花咲いて
     嫁々(かか)としぼんで婆々(ばば)と散りゆく

 と、歌った先人がおります。
 沙羅双樹を見て、平家物語の作者は諸行無常を感じ、西行法師はお釈迦さまの完成された人間にあこがれをいだいたのです。
 私たちは、この無心な白い花から、今日一日を一所懸命咲いて、散っていく、いのちいっぱい生きることを学びとりたいものです。

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