日本最古の禅宗本山寺院―建仁寺
臨済宗建仁寺派の大本山。開山は栄西禅師。開基は源頼家。鎌倉時代の建仁2年(1202)の開創で、寺名は当時の年号から名づけられています。山号は東山(とうざん)。諸堂は中国の百丈山を模して建立されました。創建当時は天台・密教・禅の三宗兼学でしたが、第十一世蘭渓道隆の時から純粋な臨済禅の道場となりました。800年の時を経て、今も禅の道場として広く人々の心のよりどころとなっています。
禅の心と茶の徳を伝える―開山 栄西禅師
慶長四年(1599)恵瓊が安芸の安国寺から移建したもので、優美な銅板葺の屋根が印象的な禅宗方丈建築。本尊は東福門院寄進の十一面観音菩薩像。白砂に縁苔と巨岩を配した「大雄苑」と称される枯山水の前庭は、大らかな味わいがあります。
草庵式二帖台目席。天正十五年(1587)に豊臣秀吉が催した北野大茶会で、利休の高弟・真如堂東陽坊長盛が担当した副席と伝えられています。二帖台目席でもっとも規範的な茶室とされ、茶室の西側には当寺の名物「建仁寺垣」が設けられています。
明和二年(1765)上棟。仏殿兼用の「拈華堂」。五間四間・一重・裳階付の堂々とした禅宗様仏殿建築。正面須弥壇には本尊釈迦如来坐像と脇侍迦葉尊者・阿難尊者が祀られています。また、その天井には、平成十四年(2002)創建800年を記念して「小泉淳作画伯」筆の双龍が描かれました。
旧名・護国院、古くは興禅護国院といい、開山栄西禅師の入定塔(墓所)です。苔むした庭に開山お手植えの菩提樹が今も茂っています。客殿本尊は赤旃檀釈迦如来像。襖絵は加藤文麗筆「竜虎図」、原在中筆「孔雀図」等。
銅板葺切妻造の四脚門で鎌倉時代後期の遺構を今に伝えています。柱や扉に戦乱の矢の痕があることから「矢の根門」または「矢立門」と呼ばれています。元来、平清盛の六波羅邸の門、あるいは平教盛の館門を移建したものと言われています。
空門・無相門・無作門の三解脱門。「御所を望む楼閣」という意味で「望闕楼」と名づけられました。楼上には釈迦如来、迦葉・阿難両尊者と十六羅漢が祀られています。
桃山時代の画壇の巨匠・海北友松(かいほうゆうしょう)は建仁寺と関係が深く、彼の描いた襖絵「竹林七賢図」・「雲龍図」・「花鳥図」等が文化財として建仁寺に数多く残されています。また、「生々流転」・「伯楽」・「深秋」・「松韻」など、大正から昭和にかけて活躍した橋本関雪画伯(1883〜1945)の晩年の傑作も目にすることができます。