さて、現在の日本臨済宗を確立したのは江戸時代に出られた白隠慧鶴
[はくいんえかく]
禅師(1685〜1768)です。
白隠禅師は、法系的には、妙心寺開山の関山慧玄 [かんざんえげん]
禅師の流れに属し、大応国師(南浦紹明 [なんぽじょうみょう]
)……大灯国師(大徳寺開山・宗峰妙超 [しゅうほうみょうちょう]
)……関山慧玄(妙心寺開山)……白隠慧鶴と次第し、その法系を特に「応灯関の一流」と呼んでいます。白隠禅師は、接化の手段(修行者を悟りに導く手段)として「公案[こうあん](禅問答)」を重視し、独自の公案も創られました。その中の一つに有名な「隻手音声
[せきしゅおんじょう]」があります。両手をパンと打ち、「どちらの手が鳴ったか」と問うのです。
白隠禅師の法を嗣がれた峨山慈棹 [がさんじとう]
禅師から隠山惟
[いんざんいえん]
禅師と卓洲胡僊 [たくじゅうこせん]
禅師が世に出て、現在の臨済宗の法系はこのいずれかに属します。白隠禅師を臨済宗中興の祖と仰ぐのはそのためです。
白隠禅師の教えを一言で言えば、その「坐禅和讃 [ざぜんわさん]
」にある「この身即ち仏なり」の自覚と言ってよいでしょう。それは臨済禅師の「一無位の真人」の自覚と一つのものであり、お釈迦さまが摩訶迦葉尊者に伝えられた「正法眼蔵
[しょうぼうげんぞう]、涅槃妙心
[ねはんみょうしん]
」ということです。この自覚(悟り)のために坐禅を修し、公案を用い、動的坐禅としての作務を行ずるのが、臨済宗の宗旨です。日々の勤行の際に、「逓代伝法
[ていだいでんぽう]
仏祖の名号 [みょうごう]
」として、過去七仏より釈迦牟尼仏(大恩教主)、摩訶迦葉尊者、阿難尊者、……菩提達磨大師(初祖)……臨済義玄禅師(宗祖)……と諷誦
[ふじゅ]
するのは、お釈迦さまの正法が絶えることなく現在にまで伝えられていることの認識と、また未来永遠にそれを伝えていくことの誓いのためです。この正法が断絶した時、臨済宗は有名無実化すると言っても過言ではないでしょう。 |